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広島地方裁判所 昭和48年(行ウ)5号 判決

原告 渡邊好男

右訴訟代理人弁護士 阿左美信義

被告 厚生大臣 渡辺美智雄

右指定代理人 中路義彦

〈ほか三名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和四五年一一月二六日付でなした原告の障害年金請求の却下処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和一七年四月七日満州国治安部阜新鉄道警護隊の巡監補として関東軍司令官等の指揮監督の下に行なわれた南満地区特別大演習に従事中、満州国錦州省義県清河門駅頭において、同じく同演習に参加中の関東軍兵士の小銃空砲誤射を受け顔面爆傷し、右傷病のため両眼失明(右眼眼球癆、左眼無限球)したものである。

2  そこで、原告は被告に対して昭和四二年一二月一一日戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)七条に基づき同条所定の障害年金の支給を請求したところ、被告は昭和四五年一一月二六日原告の右傷病当時の身分地位が援護法二条のいずれの号にも該当しないという理由で原告の右請求を却下する旨の裁定(以下「本件処分」という)をなした。

3  しかし、原告の傷病当時の身分地位は以下に述べるとおり、援護法二条に該当するものであり、本件処分は右規定の解釈適用を誤った違法があり取消さるべきである。

(一) 原告はまず、援護法二条一項一号所定の「軍人、準軍人その他もとの陸軍又は海軍部内の公務員又は公務員に準ずべき者」に該当する。

原告は形式的には「満州国」の公務員であったが、そもそも満州国は、日本が昭和六年九月一八日の関東軍による柳条溝爆破事件に端を発して満州(現在の中国東北部)への武力侵略を進めたのち、満州に対する日本の実質的独占支配を隠蔽するための仮装として設立されたもので、満州国の実態は日本が満州国の国防、治安維持の権限から既設の鉄道などの管理及び自由な鉄道等の敷設権、参議を始め中央地方の官吏に日本人を任用する権限など一切の実質的支配権限を掌握していたのであって、満州国は形式的には独立国家の形態をとってはいたが、実質的にはなんら自主的独立的権限のない日本の満州支配のための全くの傀儡国家に過ぎず、日本の領土の一部であるともみられる状況にあった。従って原告は形式的には満州国の公務員であったとはいえ、日本の国策により「帝国臣民」として傀儡国家たる満州国の公務員に任用されたものであって、実質的には援護法二条一項一号所定の者に該当するものというべきである。

なお、恩給法(大正一二年四月一四日、法四八号)は、普通恩給の恩給金額の算出基礎たる公務員としての在職期間につき、昭和三六年法律第一三九号による改正で外国政府職員として在職した期間も在職年数に算入する旨規定するに至ったが(同法附則四二条)、右にいう「外国政府」とは主として満州国を予定していることは疑う余地がないところ、このことは恩給法が満州国を日本の一領土であって日本の国家主権の及んでいた範囲であると認め独立国家としての性格を否定していることを自認しているにほかならず、かかる立法例からしても、援護法の解釈上、満州国の公務員であった原告は同法二条一項一号にいう「軍人、準軍人」あるいは「公務員又は公務員に準ずべき者」に該当すると解すべきである。

(二) 次に、原告は、援護法二条三項一号の「旧国家総動員法四条若しくは五条の規定に基く被徴用者若しくは総動員業務の協力者又は総動員業務の協力者と同様の事情のもとに昭和一六年一二月八日以後中国において総動員業務と同様の業務につき協力中の者」に該当する。

前記の関東軍の指揮監督による南満地区特別大演習への参加は、満州鉄道の警備を本務とする原告が、本務の傍ら、「帝国臣民」として「戦時に際して」、国家総動員法五条により、総動員業務(同法三条二号の「国家総動員上必要ナル運輸ニ関スル業務」ないし同条八号の「国家総動員上必要ナル警備ニ関スル業務」)に協力させられたもの、あるいは少くとも原告が「帝国臣民」として総動員業務の協力者と同様の事情のもとに昭和一六年一二月八日以後中国において総動員業務と同様の業務に協力中の者であったといえる。

(三) そしてまた、原告は、援護法二条一項四号の「もとの陸軍又は海軍の指揮監督のもとに前三号に掲げる者の業務と同様の業務にもっぱら従事中の南満州鉄道株式会社の職員及び政令で定めるこれに準ずる者」に該当する。

(四) そしてさらに、原告は、援護法二条三項二号の「もとの陸軍又は海軍の要請に基く戦闘参加者」に該当する。

二  被告の答弁

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)ないし(四)は争う。

三  被告の主張

1  請求原因3の(一)の主張について

原告はその身分地位が、援護法二条一項一号に該当すると主張するが、右規定が援用する昭和二一年法律第三一号による改正前の恩給法は、日本国が日本国の公務員及びこれに準ずべき者並びにその遺族に対して恩給を支給するために(同法一条参照)、大正一二年に制定されたものである。従って、同法にいう公務員、準公務員とは日本国のそれをいうのであって、原告の如く元満州国の官吏等の外国政府職員がこれに含まれないことは明らかである。原告は「満州国」の成立の経緯及びその実態から「満州国」が旧「日本帝国」の傀儡国家であったとして、原告が援護法二条一項一号に該当するというが、満州国はその歴史学上の実体は別にして、その法形式においては明らかに外国であって、原告の如き外国政府職員は、援護法二条一項一号にいう改正前の恩給法一九条が予定するところではない。このことは援護法二条一項一号が「もとの陸軍又は海軍部内」と規定し、明白に日本国の陸海軍部内の公務員等に限定しているとみられることからも明らかである。また、後述するとおり、援護法等の一部を改正する法律(昭和四一年法律第一〇八号)によって、援護法二条三項一号後段において満州等中国において総動員業務と同様の業務に協力中の者を準軍属の範囲内に加えることとした立法の経過からみても、援護法上は、満州国が外国であることを当然の前提としているものといえる。

2  請求原因3の(二)の主張について

(一) まず、原告は援護法二条三項一号前段の「旧国家総動員法四条若しくは五条の規定に基く被徴用者若しくは総動員業務の協力者」に該当する者であると主張するが、旧国家総動員法四条による被徴用者とは、同条及び同条に基づく勅令として施行された国民微用令(昭和一四年勅令四五一号)、船員徴用令(昭和一五年勅令六八七号)及び船員動員令(昭和二〇年勅令二二号)等の勅令の定めるところにより徴用されて総動員業務に従事していた者をいい、また旧国家総動員法五条による総動員業務の協力者とは、同条及び同条に基づく勅令として施行された国民勤労報国協力令(昭和一六年勅令九九五号)、学徒勤労令(昭和一九年勅令五一八号)、女子挺身勤労令(昭和一九年勅令五一九号)、及び国民勤労動員令(昭和二〇年勅令九四号)等の勅令の定めるところにより、自己の本務の傍ら総動員業務に協力させられた者をいうのであるところ、満州地域においては、そもそも旧国家総動員法及び前記の各勅令はいずれも施行されていなかったのであるから、原告が旧国家総動員法に基づく被徴用者または総動員業務の協力者であったということはありえない。

(二) 次に、原告は援護法二条三項一号後段の「総動員業務の協力者と同様の事情のもとに昭和一六年一二月八日以後中国において総動員業務と同様の業務につき協力中の者」に該当すると主張するが、この規定は当時旧国家総動員法の施行されていなかった満州等の中国地域内で、法令によるものではないが、内地の総動員業務と同様の立場におかれた者を対象としているのであって、具体的には満州及び中支、北支方面にあって、本務の傍ら事実上軍需工場等に動員された諸学校の日本人学徒をいうものである。なるほど原告の勤務は、その任務において旧国家総動員法三条二号または同条八号に類似したものではあるが、原告は、満州国治安部阜新鉄道警護隊巡監補として内地の軍人、警察官等と同様にもっぱら本務として満州国の国防警備のための業務に従事していたものであるから、原告が本務の傍ら総動員業務と同様の業務につき協力中の者であったとは到底いえない。

3  請求原因3の(三)の主張について

原告は、自己の身分が援護法二条一項四号の政令で定める南満州鉄道株式会社の職員に準ずる者に該当する旨主張するが、原告の身分が、右規定に基づく援護法施行令一条の一号ないし四号のいずれにも該当しないことは明文上明らかである。

4  請求原因3の(四)の主張について

原告は、援護法二条三項二号の「旧陸軍の要請に基く戦闘参加者」に該当すると主張するが、「旧陸軍の要請に基く戦闘参加者」とは、法令上の根拠に基づくものではないが、戦時下における当時の特殊な社会事情の下で、事実上権力的に軍務等に服せしめられた一般民間人があったことから、これらの者を援護の対象とすることとされたものであり、具体的には、旧陸海軍の現地部隊長等の名において要請を受け、直接の戦闘行為に参加した一般民間人をいうのであって、原告の場合には、前記のとおり満州国阜新鉄道警護隊巡監補の地位にあって、戦闘への参加等はその本来的な任務であったのであり事実上権力的に右行為への参加等を強制せしめられた一般民間人と同様の立場にはなかったのである。

5  以上のとおり、原告は、援護法の前記いずれの各号の定める「軍人軍属」にも「準軍属」にも該当しないのであるから、原告の右所定の障害年金の請求に対し、これを認めなかった被告の本件処分は適法である。

第三証拠関係《省略》

理由

一1  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば次のような事実が認められる。

原告は、昭和一四年八月、当時満州(現在の中国東北部)に存在した旧満州国の治安部鉄道警護総隊に入隊し、同年一一月阜新鉄道警護隊に配属となり、翌昭和一五年には右鉄道警護隊巡監補(旧満州国官吏)に任官し、満州国政府から給与の支給を受け、同隊伊図分所長などとして旧満州国内の同所属分所(駅)附近の鉄道の警護、治安維持、その他鉄道愛護団民の教化訓練等の職務に従事していたが、昭和一七年四月七日関東軍の指揮監督の下に鉄道警備訓練のための演習に参加した際同演習に従事中満州国錦州省清河門駅付近で小銃弾空砲誤射によって顔面に爆傷を受け両眼とも失明に至る傷害を負った。

なお、旧満州国は、昭和七年三月成立したものであるが、その後の昭和一二年の機構改革で、当時は、従前の軍政部と民政部の警察とを統合した行政機構として治安部が設置されていてその外局として鉄道等の警護を主目的とする鉄道警護総隊が設けられ、その下部機構に鉄道警護本隊さらに同本隊内の主要駅所在地に鉄道警護隊が、また各駅等に同警護隊分所が配置されていたものであり、そしてその後昭和一八年の行政機構の改革により右鉄道警護総隊は満州国軍に改編されて、鉄路警護軍と改称されるに至り、終戦に至ったものである。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二  そこで、原告の右負傷当時の身分地位が援護法二条の各号に定める軍人軍属等に該当するか否かにつき以下検討する。

1  まず原告は、援護法二条一項一号に該当すると主張する。

しかし、右規定にいう「恩給法の一部を改正する法律(昭和二一年法律第三一号)による改正前の恩給法(大正一二年法律第四八号)一九条に規定する軍人、準軍人その他もとの陸軍または海軍部内の公務員または公務員に準ずべき者」とは、右恩給法一九条が恩給法の対象とする公務員として定める「公務員」および「公務員ニ準スヘキ者」のうち、軍人、準軍人(同法二一条)およびもとの陸軍又は海軍部内の文官(同法二〇条)等を意味するものと解され、これは、右恩給法本来の趣旨のほか、同恩給法の各規定(同法一六ないし一八条、同法附則九一条九二条)、また、昭和三六年法律第一三九号による追加改正で普通恩給の基礎となる在職年数の計算に外国政府職員としての在職期間を加えることとされた経緯(同附則四二条)、さらに、右改正前の恩給法中軍人恩給の停止に伴いその後の社会状勢の変せんに応じ援護法が制定されるに至った経緯、同援護法のその余の規定等に照らすとき、日本国において右公務員としての身分地位を有した者のみに限られる趣旨と解され、日本人であっても原告のごとく旧満州国の軍人官吏等外国政府職員としての地位にあったものはこれを含まない趣旨であることは明らかなものといえる。

ところで、原告は、満州国について、その傀儡国家的性格を前提に外国政府としての性格を否認し、右規定の解釈上満州国において右身分地位を有した者は日本国におけるそれと同一視さるべき旨主張する。なるほど、《証拠省略》によれば、満州国は、日本が昭和六年九月一八日関東軍によって起こされた柳条溝事件を契機に満州を武力によって占領したのち、同地域を支配するに当り、当時の国際世論に対する配慮等から直接支配を避け、法的には独立国家としての形態をとって翌昭和七年三月建国されたものであるが、その実態は日本がその内政、外交、軍事に至るほぼ全ての面で実質的権限を掌握し、独立国家とは名ばかりで、もっぱら日本の国益に沿った国家の運営が行なわれていたものであり、いわゆる傀儡国家的性格を具有していたものとの見解が歴史学上の定説になっていることが認められるとともに現に当時の満州国政府の行政機構においては、日本政府の意向を受けた関東軍司令部において強い人事権をもち右機構幹部クラスに満州国官吏として多くの日本人が送り込まれていた事実も認めることができ、またさらに、原告も、当時の社会状勢下で日本の右国策の一環として志願という形ではあるが前記のごとく満州国官吏に就任するに至ったものである事実を認めることができる。しかしながら満州国がその実態において日本の傀儡国家であったにしても、法形式上はあくまで日本とは別個の独立した外国の一国家であったことは動かし得ない事実であって、援護法もその制定の経緯、各規定の趣旨等に照らすとこのような事実を当然の前提に立法されたものとみられ、ただ、旧満州国の前記実態等にかんがみ、実質的にはできるだけ援護法制定の国家補償の精神に基づく軍人軍属等の援護の目的を果たすべく、同法制定後の数次の改正でその救済の対象範囲、公務範囲等の拡大を図って立法的に解決していっているものとみられるところで、(援護法二条一項四号に基づく同法施行令一条四号により厚生大臣が指定する者の中に、もとの陸軍の指揮監督のもとに国境警備業務に従事中の満州国国境警察隊の隊員、同じく情報業務等に従事中の満州国国務院警務総局分室の職員、及び同じく日本軍の軍事郵便業務に従事中の満州国交通部郵政総局の職員が掲げられており、満州国政府職員であった者のうちで援護の対象とする者を明定している。)単に法文の解釈に当り、特に明文規定もなく満州国を実質的に日本国の一部とみなすような前提の解釈をなすことはできないものといわなければならない。

原告は、恩給法の一部を改正する法律(昭和三六年法律第一三九号)による改正後の恩給法附則四二条において普通恩給などの恩給金額の算出基礎たる公務員としての在職期間につき外国政府職員として在職した期間も在職年数に算入する旨規定されるに至っていることから、右にいう「外国政府」とは主として満州国を予定したものとし、このことは恩給法が満州国を独立国家とは認めていないことを示すものであり、援護法の解釈に当っても援用さるべきである旨主張するが、これは仮に恩給法の右規定が満州国を主として念頭に置いたものであるとしても、それならばむしろ、法文上満州国を「外国政府」と看做す前提での立法であったとみるべく、そして、右規定はこの前提で恩給法の適用の拡大を立法的に図った趣旨とみられるところで、援護法の解釈に当っても、前記同様の立論を裏づける証左の一つとみるべきこととなる。

そうだとすれば、いずれにしても原告は、援護法二条一項一号にいう「軍人、準軍人その他もとの陸軍又は海軍部内の公務員又は公務員に準ずべき者」には該当しないものと解さざるをえないこととなる。

なおちなみに、援護法は、国家補償の精神に基づき制定されたものであり(同法一条)、かかる見地からすれば日本国がその責任において遂行した戦争の犠牲者に対し広く援護の措置を講ずるのが望ましいことはいうまでもなく、また旧満州国の実体につき前記歴史学上の定説に従った評価をなす限りにおいては原告のごとき身分地位にあった者を特に日本の軍人軍属等と区別して援護の対象からはずすことには合理性が乏しいとの感もないではない。しかし、戦争犠牲者は必ずしも軍人軍属等に限らないところで、援護の実施には相応の予算措置を講じなければならないことはもとより、援護の必要性の程度またその理由も事情によって広範かつ種々多様であるから、結局、いかなる範囲の者に対しいかなる援護を行なうかは各般の政治的配慮の下に立法政策に委ねられていることというべく、本件においては特に満州国の実体をどう評価するかをも含め原告のごとき満州国の軍人軍属等であった者に対し、援護法上いかなる処遇をするかはまさに立法問題であって、援護法の文理の合理的解釈をこえて、実質的に援護の対象を拡張するようなことは許されないものといわなければならない。

2  次に、原告は援護法二条三項一号前段の「旧国家総動員法四条若しくは五条の規定に基く被徴用者若しくは総動員業務の協力者」または同後段の「総動員業務の協力者と同様の事情のもとに昭和一六年一二月八日以降中国(関東州及び台湾を除く)において総動員業務と同様の業務につき協力中の者」に該当する旨主張する。

そこで考えてみるに、まず右前段の関係につき、旧国家総動員法は、いうまでもなく戦時の緊迫した国防目的達成のために人的・物的資源の全力的活用を図るべく昭和一三年四月一日制定されたもので、その効力の及ぶ人的範囲は、いわゆる当時の「帝国臣民」「帝国法人その他の団体」等とされていて、旧満州国等外国政府に雇傭されているものでも「帝国臣民」である限り必ずしもこれを除外する趣旨であったともみられないところではあるが、しかし、右総動員法四条、五条は、いずれも国家総動員上必要あるときはそれぞれ個別に「勅令ノ定ムル所ニ依リ」「帝国臣民」等を徴用もしくは協力せしめうることを定めているものとみられるところ、このことから《証拠省略》によれば、まず、旧国家総動員法による被徴用者とは、同法四条及び同条に基づく勅令として施行された国民徴用令(昭和一四年勅令第四五一号)及び船員徴用令(昭和一五年勅令第六八七号)船員動員令(昭和二〇年勅令第二二号)等により総動員業務に従事するために徴用された者をいい、また総動員業務の協力者とは旧国家総動員法五条及び同条に基づく勅令として施行された学徒勤労令(昭和一九年勅令第五一八号)、女子挺身勤労令(昭和一九年勅令第五一九号)、及び国民勤労報国協力令(昭和一六年勅令第九九五号)等により総動員業務に協力させられた者をいうものと解せられるところで、しかして、原告は、《証拠省略》によると、当時従事していた業務は旧満州国官吏として旧満州国自体の法律に従ってのものと推認され、少くとも右総動員法および同法に基づく各勅令によって従事するに至ったものでないことは明らかなものとみられるので、結局、原告は、援護法二条三項一号前段の旧国家総動員法四条、五条に基づく被徴用者または総動員業務の協力者とは解せられないものといわざるをえず、この点に関する原告の主張は採用できない。

次に、援護法二条三項一号後段の関係につき考えてみる。《証拠省略》によれば、旧国家総動員法所定の総動員業務に対する「協力」とは、国民をしてその本来の業務の傍ら総動員業務に助力せしめることをいい、「徴用」が総動員業務にもっぱら従事せしめることを目的としているのと趣を異にするものと解せられるが、さらに、右援護法二条三項一号後段の「総動員業務の協力者と同様の事情のもとに昭和一六年一二月八日以後中国において総動員業務と同様の業務につき協力中の者」とは、旧国家総動員法五条およびこれに基く勅令による明確な関係で右協力関係に立たされたものでなくても、実質的にこれと同様の事情のもとに、右総動員法所定の「協力」と同じ意味での「協力」関係に立たされたものを意味するものと解されるところ、前記認定事実に徴すると、原告が当時満州国治安部阜新鉄道警護隊巡監補として行なっていた鉄道警備の業務は旧国家総動員法三条二号または八号に定められた総動員業務と類似してはいるが、原告は自己の本務として右業務に従事していたものであり、本務の傍ら従事していたものとは認められないところであるから、さらにその余の関係につき判断するまでもなく右後段所定の「協力中」のものとは解せられないこととなる。原告は負傷当時の原告の本務は鉄道警備であって、関東軍の指揮監督下に演習に参加することはまさに本務の傍ら総動員業務に従事させられたことになるごとく主張するか、《証拠省略》によれば、右演習は鉄道警備のための訓練を目的とするものであったと認められるから、右演習への参加は原告の本務の一環に過ぎないこととなり、原告の右主張も失当である。よって、原告が援護法二条三項一号後段に該当するとの原告の主張も採用できない。

3  さらに原告は、援護法二条一項四号にいう「もとの陸軍又は海軍の指揮監督のもとに前三号に掲げる者の業務と同様の業務にもっぱら従事中の南満州鉄道株式会社の職員及び政令で定めるこれに準ずる者」に該当すると主張する。

しかし、前記認定事実に徴すると、原告が南満州鉄道株式会社の職員でなかったことは明らかであるとともに、これに準ずる者としての援護法施行令一条一号ないし三号で定められた所定の各鉄道交通、航空、海軍、電信電話、電気通信、同設備等株式会社の職員(同一号イないしリ)、勤労挺身隊の隊員(同二号)、防空等軍事任務に従事中の漁船の船員(同三号)、その他、前掲満州国国境警察隊隊員等同条四号に基づき厚生大臣が右同視すべきものとして指定する者のいずれにも該当しないことは、その文意上明らかであるから、原告の右主張は採用できない。

4  さらにまた、原告は、援護法二条三項二号の「旧陸軍の要請に基く戦闘参加者」に該当すると主張する。

しかし、ここでいう「旧陸軍の要請に基く戦闘参加者」とは右援護法二条の他の各号の定めるところと対比して勘考してみたとき、法令上の根拠に基づかないで戦時下の特殊事情のもとで事実上かつ権力的に、現に軍事行動に参加させられた一般民間人等をさすものと解されるところ、原告については、前記認定事実に徴し明らかなとおり、満州国治安部阜新鉄道警護隊巡監補として演習参加の点も含め旧満州国の法令上の根拠に基き自己の本務に従事中前記のとおり負傷したと認められるから右規定には該当しないものといわざるをえない。従って、原告の右主張も採用できない。

三  以上のとおり、原告が援護法二条に定める「軍人軍属」「準軍属」に該当するとの原告の主張はいずれも肯認しがたく、他に同条各項各号に該当する事由もうかがえないところで、従って被告が原告の援護法七条に基づく同条所定の障害年金の支給請求に対し、その身分地位が援護法二条に該当しないとしてこれを却下した本件処分は何ら違法なものとはいえず、よってこれが取消しを求める本訴請求はその理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺伸平 裁判官 平湯真人 田中澄夫)

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